水銀ロータリーコネクタは、静止体から回転体へ電力や信号などを転送するための手段として、昔から広く利用されてきました。ただし、水銀を使用していることからリスクが存在するため、水銀ロータリーコネクタを利用するに当たって、「水銀のリスク」や「世界の今後の動き」について、正確に理解しておく必要があります。

■ 水銀とは

水銀は、常温・常圧で液体の唯一の金属(金属元素)です。私たちの生活の中では、水銀体温計や水銀血圧計、蛍光灯などで使用されています。自然界では、主に赤い鉱物である辰砂(しんしゃ)や自然水銀として存在し、辰砂は神社の鳥居などの着色や薬として使用されてきました。また、辰砂から金属水銀を精製して、金の採掘や金メッキ、防腐剤、電池など、色々な用途に使用されてきました。その半面、水銀は使用方法によっては生物に対して強い毒性を示すため、現在では、世界的に使用が大幅に制限されています。

■ 水銀の特徴

水銀は、大きく分けて、水銀単体の「金属水銀」、無機水銀化合物の「無機水銀」、有機水銀化合物の「有機水銀」の3種類に分類され、それぞれ、特徴や用途が異なります。

金属水銀

金属水銀は、水銀単体(Hg)で構成された常温・常圧で液体状の水銀です。液体の状態で導電性があり、膨張率が大きく・ほぼ一定で、比重が大きく、表面張力が大きく、融点・沸点が低く、他の金属を溶かして合金(アマルガム)になりやすく、腐食を抑制するといった多くの特性があり、これらの特性を活かして、体温計や血圧計、蛍光灯、メッキ、ロータリーコネクタなどで使用されてきました。

金属水銀の毒性については、液体や固体の状態では人体への影響は小さいと言われていますが、常温でも一定量は気化し、気化した水銀蒸気は毒性が高く、吸い込むと体内に取り込まれ、中枢神経系や腎臓などにダメージを与えるため、取り扱いには注意が必要です。

無機水銀

無機水銀は、水銀と炭素以外の元素が結合した化合物の総称で、化合物の種類によって、特性や形態が異なります。代表的な物質としては、「硫化第二水銀(辰砂)」や「塩化第一水銀」、「塩化第二水銀」などがあります。

硫化第二水銀は、水銀化合物の中で最も安定していると言われ、自然界では赤い鉱物である辰砂として産出され、古くから赤色の顔料として使用されてきました。また、塩化第一水銀は甘汞(かんこう)とも呼ばれ、薬(下剤など)として使用されたり、塩化第二水銀は昇汞(しょうこう)とも呼ばれ、触媒や殺虫剤、消毒液として使用されていました。

無機水銀の毒性については、化合物の種類によって大きく異なり、硫化第二水銀は、水銀化合物の中では毒性が低いと言われていますが、塩化第二水銀は毒性がかなり強く、強い腐食性やたんぱく質を変性させる作用があり、組織損傷や腎不全などを引き起こします。

有機水銀

有機水銀は、水銀と炭素が結合した化合物の総称で、「アルキル系水銀化合物」と「アリール系水銀化合物」に分けることができ、アルキル系の方が毒性が強く、蓄積性が高い(体内から排出されるまでに時間がかかる)と言われています。代表的な物質としては、アルキル系水銀化合物には水俣病の原因となった「メチル水銀」や「ジメチル水銀」などがあり、アリール系水銀化合物には「酢酸フェニル水銀」などがあります。

メチル水銀は、工場での化学物質の加工の廃液や微生物の働きによって発生する事がほとんどで、また、ジメチル水銀は、毒物の実験でまれに使用される程度であるため、どちらも継続的に使用されることはほとんどありません。酢酸フェニル水銀は、農業用の殺菌剤として使用されていました。


有機水銀の毒性については、メチル水銀は脳などの体内に蓄積し、中枢神経などの神経系に障害を与えます。特に、ジメチル水銀は毒性が非常に強く、数滴でも致死量に達します。また、酢酸フェニル水銀は、腎臓などにダメージを与えます。

これらの水銀は、微生物の働きや精製、体内での分解などによって、無機水銀から有機水銀、無機水銀から金属水銀、有機水銀から無機水銀といった形に変化したり、また、金属水銀は常温でも一定量は気化したりするため、適切に管理する必要があります。

■ 日本での水銀の歴史と公害

水銀の歴史は古く、紀元前から赤色の顔料として古墳に使用されたり、薬として使用されたりしてきました。その後も、防腐剤や金メッキ、また、近代では水銀体温計や殺菌剤、農薬、電池、蛍光灯などにも使用されてきました。ただし、水銀の毒性について正しく理解されていなかったため、水銀や水銀化合物の使用により、水銀中毒や大規模な公害などが発生しました。

例えば、東大寺の大仏は造立時に金メッキが施されており、その金メッキの工程は、金を溶かした金属水銀を大仏の表面に塗って加熱し、金属水銀を蒸発させ、金を残すという方法で行われていました。そのため、蒸発した水銀蒸気を作業者が大量に吸い込み、水銀中毒が発生したと言われています。他には、昔から、金の精錬に金属水銀が使用されており、現在でも小規模金採掘では金を取り出す際に金属水銀が使用されており、金を取り出す過程で発生する水銀蒸気を吸い込んだ作業者の水銀中毒や、使用後の水銀が周辺の土壌や河川を汚染するといった公害が問題になっています。

また、大規模な水銀の公害として有名なのが熊本県で発生した水俣病です。水俣病は、アセトアルデヒドの製造工程で触媒として使用されていた無機水銀が、その工程でメチル水銀に変化し、メチル水銀が廃液として百間排水口を通して水俣湾に排水されたことが原因で発生しました。メチル水銀は体内に蓄積しやすいため、海水中での食物連鎖により生物濃縮して、一部の魚介類に高濃度で蓄積し、その魚介類を長期的に食べていた地域の住民が被害を受けました。症状として、痺れや言語障害、視野狭窄、運動障害、四肢麻痺など中枢神経系の障害が発生し、また、おなかの中の胎児にも移行して影響を与えました。水俣病は、原因の究明や対策に長い時間がかかったため、認定されていない人も含めて、万単位の人が影響を受けたと言われています。

このように、水銀は便利な特性があり、色々な場面で使用されている反面、大規模な被害をもたらす危険性があるため、やむを得ずに使用する際、リスクをきちんと理解し、適切に管理することが重要となります。

■ 世界での水銀に対する動きと代替物質

世界でも日本と同様に、工場の廃液や農薬に含まれる水銀、小規模金採掘で使用される水銀などによる環境汚染が問題となっており、水銀に対する規制が厳しくなっています。

最近では、「水銀に関する水俣条約」が採択され、2017年8月16日に発効しました。この条約は、採択当初は日本を含む世界92ヵ国が参加しており、「水銀及び水銀化合物の人為的排出から人の健康及び環境を保護すること」を目的に、採掘、流通、使用、廃棄に関して、適正な管理と排出の削減が定められています。また、2020年12月31日までに水銀を使用した温度計や血圧計、蛍光ランプ(一定含有量以下は除外)、農薬などの製造、輸出入が禁止されました(一部除外あり)。これらの製品は、現在でも販売・使用は可能なため、在庫や使用されている物をどのように回収して、削減するかが今後の課題となっています。

また、条約発効後に、新たな水銀鉱山の開発が禁止され、既存の鉱山からの産出は各締約国での条約発効から15年以内に禁止されます。そのため、将来的には、使用している水銀製品からの回収・リサイクルのみで水銀を賄う事となります。なお、日本では、1974年に水銀の産出は終了しており、現在は、輸入と製品からの回収・リサイクルした水銀を使用しています。

現在、世界的に水銀及び水銀を使用した製品を規制・削減していることから、水銀から代替物質への切り替えが進められています。代表的な代替物質としては、常温で液体の金属であるガリウム合金があります。ガリウム合金は、人体への影響が小さく、導電性があり、規制の対象となっていないことから、金属水銀の代替物質として使用されています。ただし、ガリウム合金は金属水銀と比較して融点が高く、合金の種類によっても融点が異なるため、低温環境での使用に制限があります。また、ガリウム自体は半導体材料にも使用されるレアメタル(希少金属)であるため、常に価格が変化し、価格が安定しにくく、高価になる傾向があります。低温環境や価格の変動に敏感な業界での使用には注意が必要です。

■ 工場で使用されている水銀と代替品

水銀は、工場での化学物質の製造工程や化合物の合成工程の触媒として使用されてきましたが、「管理の難しさ」や「事故が発生した時のリスクの大きさ」、「水俣条約での制限」などから、現在では、水銀を触媒として使用しない方法へ変更されています。しかし、工場等で使用されている温度計や蛍光ランプ、ロータリーコネクタといった機器は、コストや性能といった点から、現在でも水銀タイプが多く使用されています。また、現在は、一部の水銀を使用した機器・工程は、水俣条約での規制の対象外もしくは猶予期間内であるため、工場等では、今後も一定期間は継続的に使用が可能な状況です。ただし、「水俣条約の猶予期間の経過」や「世界的な水銀を含めた環境負荷物質の削減の動き」、また、特に「食品工場では水銀が漏れた場合のリスク」の観点から、環境性能に優れた水銀不使用の温度計やLEDランプ、スリップリングといった機器への代替が進められています。

なお、LEDランプやスリップリングといった機器は、環境性能だけではなく、「長寿命」や「メンテナンス頻度が少ない」と言ったランニングコストに優れたタイプがあり、長期的な経済性といった点も考慮して選択されています。

■ まとめ

水銀には色々な特性があり、昔から色々な場面で使用されてきましたが、環境への負担や、生物に対して強い毒性があるため、高い危険性も同時に持ち合わせています。現状で使用されている全ての水銀を代替物質や代替製品に同時に切り替えるのは難しいですが、水俣条約の発効やその他の法律などによる制限により、今後は規制がさらに厳しくなっていくため、水銀を含む製品の削減や代替品への切り替えが徐々に進められており、その一例として、水銀ロータリーコネクタをスリップリングへの切り替えです。「スリップリングの技術説明」と「ドイツKubler社の長寿命スリップリングの詳細」について、ぜひ下記のリンクよりご参考ください。

スリップリングの技術説明について

ドイツKubler(キューブラー)社の長寿命スリップリングの詳細について